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望月 昭 / Mochizuki Akira
対人援助から学習学へ
立命館大学で行動分析学を基本枠組みとした「対人援助学」を研究・展開されている望月さん。対人援助学は「緩やかな所属による組織活動におけるキャリアアップ支援」の研究の中でも基本となる考え方でもあります。今回は、望月さんが行動分析学から対人援助学の考えに至った経緯と、さらに対人援助学を基盤に学習学を提唱する背景について伺いました。

インタビュー中の望月さん 


行動分析の分野に進まれたきっかけ


ー大学の時は観察学習を学んでいました。観察者が他者の行動を観察することによってその行動を習得するというものです。このころは認知的な考え方と行動分析的な考え方を両方立つように理論を立てられないかと考えていました。 行動分析をはっきりと選んだのは、愛知県コロニーという施設に居た時です。愛知県コロニーでは、障がい児のQOL(Quality of life:生活の質)を高めるという目的がありましたので、なぜそういうことが起こったのかという中身を説明する認知的な考えよりも、実際に環境を設定し支援者がコントロールして生活の質を高めていくことが必要でした。そういった流れで、必然的に行動分析の考え方になっていきました。選択肢を提示することによって行動を変容させるということの文法として行動分析という考え方を用いたわけです。


般化しないのは良い知らせ


その後、愛知県コロニーでの行動分析の考えをもとに立命館大学で(主に)「障がい」を持つ人への就労支援といった対応のあり方を実践的に考えるための学問として「対人援助学」を唱えます。


ー相対的に障がいがある人を支援するためには何が必要なのかとした時、「今、できるように」ともかく新しい物理的援助設定を持ってくる「援助」。その援助設定を定着させるために社会に発信する「援護」。援助、援護を前提とした上で個人の行動形成のための指導「教授」この3つの機能的な作業分担の徹底が必要ではないかと考えました。これが対人援助学の基本的な考え方です。対人援助においては、当事者が正の強化を受けるために選択性を高めるということを根本的なゴールにするので、行動そのものを変えるのではなく環境を変えてできるようにする。当事者がやりたいことや行動を自分で選べる範囲を増やしていけるよう支援しなければなりません。人を助けるヒューマンサービスの科学であると応用行動分析を捉えた時に非常に見えてくるものがあるんじゃないかと思ったわけです。


対人援助学から学習学へ


「当事者がやりたいことや行動を自分で選べる範囲を増やしていけるよう支援する」という対人援助学の次の展開として、望月さんは当事者が学習者となって学び続ける、「学習学」という考えを提唱します。


ー対人援助学では、当事者に向けて行動の選択肢を拡大することを支援してきました。 次に、この当事者(学習者)が援助者の支援を待つのではなく、うまく達成できるように自分で工夫するなど、自らアクティブな状態になることを考えました。「当事者が絶えず『積極的学習者(アクティブ・ラーナー)』であり続けること」を支援する。援助者が学習者に対して情報を共有、公開しながらやっていこうというのが、援助でしたが、さらにその情報を社会に開けていこうというものです。なにがあればベストパフォーマンスできるかというのは人によって違うので、人によって違うということはその都度用意してあげなければならない。そうなった時に何が必要かというと、行動の前の手がかりであったり、行動の後のフィードバックであったり、環境をアクティブにするための環境条件を情報として残しておかなければならない。要するに、学習学というのは情報をどう扱うかということなんです。


「積極的学習者(アクティブ・ラーナー)」であり続けること


ー今までもいっぱいその情報を持っていることはあったのですが、当事者本人がその情報にアクセスできないことが多かった。かつて情報は一方だけが持っていたのでありがたいとなっていたけれど、今度は両方が持っているということ、シンメトリックに共有できることが大事なんだと思います。一緒に頭を並べて、今こうなっているんだよと言い合える。自分も参加して、自分をプロモーションする時にどの情報が有効であるかというのを一緒に展開するというが大事になことだと思います。障がいの有無にかかわらず、今回の「緩やかな所属による組織活動におけるキャリアアップ支援」においても、一方的に支援するのではなく、当事者と情報を共有しながらできることを増やしていく。主人公である学習者を巻き込んで支援していくことで、双方ともが「積極的学習者(アクティブ・ラーナー)」であり続けることができるのではないでしょうか。



※ここで書ききれなかった内容やこれまでの主要な論文とその背景について書かれた書籍が出版されます。

【望月昭・武藤崇(編著)「応用行動分析から対人援助へ―その軌跡をめぐって」2016年2月29日 晃洋書房】
recommend
「応用行動分析から対人援助学へーその軌跡をめぐってー」
望月昭・武藤崇(編著) 晃洋書房 2016

行動分析学と認知心理的学は両立するか”という素朴な学生らしい(?)問いかけの「観察学習と般化摸倣」(望月,1978)から、障害を関係の問題を捉えかつ二人称的に個別の行動の問題として対応することを提唱する「『障害』と行動分析学」(望月,2001)までの、7本の望月の代表作とそのラジカルな変遷の背後にある文脈についての武藤崇との対談集。Human Services の科学として、「行動福祉」とか「対人編所学」などと繰り返し「新概念」を望月は提唱するが、結局は「行動分析」の哲学に収斂される? その意味で、いつも実は「君はなぜ行動分析を選ぶのか?」
「国家民営化論」
笠井潔 光文社 2000

別名で月刊誌「NAVI」(二玄社)に連載された当時からの愛読書。「公正交換指標」FEM)=「それ」があればフェアな交換がなされる、「それ」(援助設定)のひとつとして「お金」を見直すきっかけに。確かに、相手が障害者だからって、お釣り(お金)をごまかしたりできるとはいまどき想像できない。100円は誰にとっても100円。公平対等。その点で、各種障害割引は、悪くはないけど「人権」も割り引かれているような。これは、と思い作者の笠井潔氏を、当時所属していた愛知県コロニーが行動分析学会を主催のおり、記念講演をお願いしたが急病でドタキャン。講演の代わりにと無理にお願いして作者である笠井氏のサインの入った当書を、当日待ちぼうけをくらった全参加者に後で郵送、といういわくつきの一冊。
「ことばと行動」
編:日本行動分析学会 ブレーン出版 2001

10章「障害と言語行動:徹底的行動主義と福祉」を執筆しています。上記の「公正交換指標(FEM)」としての「お金」の効果を実証的な実験で確認した内容が書かれている。お金を払うと(自腹をきると)なると、途端に既存の選択肢の否定もふくめた「自己決定」らしい行動をとるようになる、って当たり前の「行動」をとることを実験しています。  他の章では、オーソドクスに、ことばも他の行動と同様に「個人と環境の相互作用」により成立していると考える行動分析学の考えを徹底解説。障害も「個人と環境の相互作用」における問題であると捉えることができます。10章の内容は、そのような考えの下で何かを「自由に選択」し「自己決定」していくためには、環境設定はどうあるべきかについても書いています
「行動分析学研究アンソロジー2010」より「行動修正のコンテクスト」(出口光:初出は行動分析学研究、1987,2,48-60.)
編:日本行動分析学会 星和書店 2010

行動分析を説明するのに行動分析的に書く、というのは多くの人の夢。その意味では、最初のテキストではないか。しかし行動分析学に掲載された当初はやたら難解と感じられ、むしろ他の分野と横並びに説明されたほうがわかりやすかった。というくらいに、こちらの側が「行動分析」的な枠組みに不慣れだった。最近になってはじめてわかる。行分析学という学問を選択するのはなぜか? アンソロジーの筆者自身(望月)の拙いコメントもお読み下さい。
「行動分析学研究 Vol.8, No.1 特集:ノーマライゼーションと行動分析」
日本行動分析学会 1995

別記のアンソロジーでは別の論文が紹介されていますが、この8巻1号の特集号こそ、むしろまるっと全体を編集したという意味で、望月の考えていることの代表作。この巻号のバックナンバーが残部僅少となっていることを考えると、単行本で出しときゃよかった。私が執筆した『ノーマライゼーションと行動分析:「正の強化」を手段から目的へ』と題する論文も掲載されています。世間では行動分析学とか行動療法は、個人の側を抑圧的に変容するツールとして考えられがちで、そうしたかたちで捉えられる行動分析は一見ノーマリゼーションの持つ基本理念(障害のある個人をあるがまま社会が受け入れる)とは、まるで反対で、ノーマライゼーションと行動分析は敵対するものどうしであるとのイメージもある。しかしそうした捉え方は、一般に流布している行動主義の心理学=「方法論的行動主義」と対峙させた場合であり、行動分析学の「正統」な哲学である「徹底的行動主義」とノーマライゼーションの理念とは非常に親和性が高い。その哲学で貫いた(つもりの)対人援助の様々な領域からの実践的研究集と関係者のコメントからできております。
「遥かなる甲子園」
山本おさむ 双葉社 1988

「かわいそうなぞう」
土家 由岐雄 (著) 武部 本一郎 (イラスト) 金の星社 1970